ピコ森 メル友掲示板


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曇りのち雨で、また晴れる

1: 胡蝶☆2017/08/15(火) 19:42:20 HOST:kd106154087137.au-net.ne.jp




_____降らないことはない、止まないことはない。






2: 胡蝶☆2017/08/15(火) 20:01:12 HOST:kd106154087137.au-net.ne.jp

最近、会ってないな、とは思っていた。
連絡不精な彼氏、真野湊(まのみなと)から珍しく電話が掛かってきて、遂に来たと思った。

自分の部屋で、お気に入りのドラマを見ていた私はテレビを消し、携帯を手に取る。

「……もしもし?」

出した声は、予想外に上ずってしまった。

「……今、時間ある?」
「ん、大丈夫だよ」

あぁ、いよいよかな、と思いながら。
そうじゃないことへの、少しの期待を抱きながら。

「…………あのさ、」

湊は言葉を詰まらせる。
私にはもう、その続きが予測できるけど、自分から告げる気なんてない。

去年の秋、初めての彼氏になってくれたのが湊だった。
私のことを分かってくれた彼を、自分から手放すような真似はしたくなかった。
そんな勇気が出なかった。

「………もう、別れよう」

湊に感情を悟られないように、なるべく、淡々と答えた。

「……分かった、別れよう」
「ごめん……付き合ってくれてありがとう」
「こちらこそ、ありがとう」
「……ん」
「じゃあね」

思わず、冷たい言い方をしてしまった。
最後の会話かもしれないのに。
湊の言葉も聞かず、「じゃあね」と告げて、一方的に切ってしまった。
伝えたいことは沢山あったのに、何も言えなかった。

携帯をベッドに投げ捨て、私自身は床に仰向けになる。

「………イヤな女」

小さく呟いた時、耳元で虫の羽音がした。
でも、そんなこと、どうでもよかった。

高2の夏、私の恋が終わりを告げた。


3: 胡蝶☆2017/08/16(水) 18:01:54 HOST:kd106154085045.au-net.ne.jp

「で、別れちゃったの?」
「そこで引き止める方が難しいじゃん」

湊と別れた翌日は日曜日だったけれども、部活があったのでいつも通りに学校に行った。
同じバレー部で小学校からの腐れ縁である、岡本あすか(おかもとあすか)と帰りながら、私は昨日の出来事を報告した。

「そうかもしれないけど……理由ぐらい、聞けばよかったんじゃない?」
「それを直せばいい、ってものじゃないでしょ」

それに、敢えて、そんな理由は聞きたくない。

「んー、まぁ、そうだけど……知世はそれでいいの?」
「私も別れた方がいいかな、って思ってたから」
「でも、知世は別れたくなかったんでしょ?」
「別れたくなくても、そうするべき時もある」

湊が別れたいと思ってるのに、それを知らない振りして付き合うなんて、そんな真似はできない。
それなら、私の別れたくない気持ちを殺すべき。

日曜の昼間だからか、駅はいつもより人が多い。
あぁ、賑やかで、煩くて仕方ない。

「真野くん、びっくりしたかもね」
「なんで?」
「そういう時、ごねる人が多いって言うじゃん」
「ごねても仕方ないのにね」
「知世があっさり頷いたから、拍子抜けしたかもよ」
「そうかなぁ」

周囲の人間が皆、楽しそうに笑っている。
あぁ、幸せそうで、憎くて仕方ない。

「よし、傷心のトモヨちゃんに、あすか様がアイスを奢ってあげる」
「その呼び方、皆に勘違いされるからやめてよ」
「いいじゃん、可愛いじゃん」
「私、柿原知世(かきはらちせ)だからね。次、同じことしたらハーゲンダッツ奢り。」
「えぇー、厳しいー」

あすかとの軽妙なやり取りで、気持ちが楽になる。
痛み、泣いている心は見ない振りをして、満面の笑みを浮かべてみせる。

何かが“変わる”訳じゃない。
付き合う前に“戻る”だけ。

大丈夫、ちゃんと笑える。


4: 胡蝶☆2017/08/16(水) 18:30:24 HOST:kd106154085045.au-net.ne.jp

幸い、湊とは違うクラス。
顔を合わせることはそんなに無い。

「柿原さん?」

名前を呼ばれて顔を上げれば、前の席の男子が振り返り、私を見ていた。

「シャーペン、落ちたよ」

差し出された掌には、お気に入りの青いシャーペン。
私の白いシャーペンと交換した、湊のシャーペン。
……返しとけば良かったなぁ。
こんなのあったら、思い出しちゃうもん。

「柿原さん」

もう1度、名前を呼ばれて我に返る。
前の席の彼は、不思議そうに私を見る。

「いらないの、コレ?」

いらない、見たくない。
けど、湊のモノだから捨てる訳にもいかない。
でも、今から返しに行く勇気はない。
でも、私が持っていたくもない。

「……いらない」
「え?」
「けど、捨てちゃダメだから………でも、持っていたくないから……」
「え、何、どういう」
「預かってて、夏目くん」

彼の目を、初めて、真っ直ぐに見た。
彼、夏目凜也(なつめりんや)の瞳は濁りがなく、綺麗だった。

「え、いや、え?柿原さん?」
「夏目くんの家に置いといてくれたらいいから」
「……大事なモノじゃないの?」

大事に決まってる。
大事な人から貰ったんだから。

「自分で持っておくべきだよ」

夏目くんは、私の机にそれを置く。

「次、理科室で実験だよ」

ご丁寧に、そんなことまで教えてくれた。

私はシャーペンを筆箱に仕舞う。

夏目くんに変なこと、口走ってしまった。
そんな後悔で、溜め息が溢れる。
すると、夏目くんがまた、こちらを振り返った。

「柿原さんに何があったかは知らないけど……大事なモノならオレなんかに預けるべきじゃない。いらないなら、自分で処分しなよ。大事なモノは自分で管理すべきだよ。」
「………そうだね、ごめん」

大丈夫、大丈夫。
ちゃんと笑わなきゃ。


5: 胡蝶☆2017/08/16(水) 18:57:18 HOST:kd106154085045.au-net.ne.jp

昨日、あすかに奢ってもらったアイス、意外と美味しかったなぁ。
今日の帰り、コンビニで探してみよう。

そんなことを考えていると、前から、湊が歩いてきた。
一瞬、目線がそちらに行ったけど、すぐに逸らす。
だって、もう他人だから。
真っ直ぐ、前を向いて、すれ違うしかない。
あ、ちょうど前に、クラスの女の子達がいる。
私と夏目くんが話してる間に行っちゃってたんだろうなぁ。

よし、あそこに追い付こう。

そんなことを決意して、歩くスピードを速めたその時。

「ちーせーちゃん」

後ろから呼ばれて、足を止めた。

あぁ、最悪。
心の中で悪態をつき、バレないように小さく舌打ち。
廊下にいた子達が一瞬、私に視線を遣って、すぐに外した。
ちょうど、湊とすれ違う。

「……桐谷くん、どうしたの?」
「いや、別に、知世ちゃん見つけたから呼んでみた」
「何それ」

チャラくて、馬鹿で幼稚な桐谷京介(きりやきょうすけ)というこの男が、私はあまり好きでない。
勿論、クラスでも好かれていないが不良友達が多いらしく、皆から恐れられている。

「彼氏くんと喧嘩した?」
「なんで?」
「さっき、擦れ違ったじゃん……真野湊だっけ?」
「別れたから」
「あ、そうなの?じゃ、オレと付き合っちゃう?」
「却下」
「知世ちゃん、つまんねぇ」

しつこい桐谷を適当にあしらいながら、私は早足で理科室を目指す。
コイツは同じクラスになってから、しつこく、私に絡んでくる。

とても鬱陶しい。

「まぁ、真野って地味だから別れて正解じゃない?爽やかだって言われてっけど、好青年ぶってて嫌いだわ。いい子ちゃんしてて、ぜってー腹黒。」

アンタに、湊の何が分かる!?
と怒鳴りたい気持ちは堪えた。
怒鳴ってキレられたら困るし。

「湊はそういうんじゃないよ」

静かに答えたあと、女の子達が私を呼んだ。
たぶん、桐谷に手を焼く私を見て、助け舟を出してくれたんだろう。
私は急いで、そちらに駆けた。

小さく舌打ちが聞こえた気がしたけれど、幻聴であることを願いながら。


6: 胡蝶☆2017/08/17(木) 17:23:05 HOST:kd106154087094.au-net.ne.jp

「災難だったね」

と声を掛けてくれる女の子達。
私を気遣ってくれた彼女らに感謝しながら、そっと、桐谷を見る。
たぶん、怒ってはない。

「ほんと、知世ちゃんのこと大好きだよね」
「毎日、あんな調子で絡まれて、うざくない?」
「うざいけど……流石に言えない」

そう言えば、同意するように皆が苦笑いを浮かべる。
言えないから、頑張って、冷たくあしらってるつもりなんだけど。

「私は冷たくしてるつもりなんだけどね」
「桐谷はたぶん、クールな知世ちゃんの態度も気に入ってるんだよ」
「え、気に入られても困る」

湊のこと、あんな風に言う奴なんか、絶対好きになれない。
湊はいい子ちゃんなんかしてない。
本当に大人で、優しくて、人の気持ちに敏感で、誰にでも平等に接して。

ねぇ、湊、会いたいよ。

「知世ちゃん?」
「ん?」
「同じ班だね、よろしくー」
「あ、そうなの、よろしくねー」

実験班は4人で1班、メンバーはくじ引きで決める。
私が湊を思い出している間に、班分けが終わっていたらしい。
同じ班には夏目くんもいて、私は成り行きで彼の隣に腰掛けた。

「夏目くんがいるなら安心だね」
「なんで」
「理科ができそうな顔してる」
「それって褒めてる?」
「すごく褒めてる」

夏目くんは本当に、知的で大人な顔をしている。
黒い瞳は澄んでいて、涼しげだ。

夏目くんとはあまり、話したことはない。
たまーに話すと、あすかと同じような軽妙なやり取りができて、意外に楽しい。
でも別に、特に接点はないから、たまにしか話さない。

「柿原さん、彼氏と別れたらしいね」
「ん、まぁね」
「気を付けた方がいいよ」
「え?」

と聞き返した時には、夏目くんは何も無かったかのように授業に集中していた。


7: 胡蝶☆2017/08/17(木) 17:53:27 HOST:kd106154086109.au-net.ne.jp

side◆M

別れたい、と思ったのに決定的な理由はない。
ただ、何となく、別れるべきだと思った。
知世はあっさり頷いた。
少し、悲しかった。

でも、別に引きずってはない。

「で、お前の元カノは早速、狙われてる訳だ」

廊下ですれ違った知世は、少し腹が立つぐらいにいつも通りの表情を浮かべていた。
そして、男に声を掛けられていた。

「アレは前からだし、アイツもまともに相手をしてない」

桐谷とかいう名前の男に絡まれる話は前からしていた。
知世が1番嫌いそうなタイプだったから、別に気にしたこともない。
同じクラスの男友達はそれについて、やいやい騒いでいるがどうでもいい。

「大体、もう別れたんだから関係無いだろ」
「つめてぇな」
「柿原さんっていい人だって有名だよなぁー、大人だし」
「あー分かる、自立してるよなぁ」
「アイツは群れるのが嫌いなんだよ」
「そういうとこがいいっ!」

知世は大人しそうな顔の割に気が強い。
でもサッパリした性格で、誰からも好かれている。
立ち振るまいや服装から上品さが伺える。

何かと、世間一般の女子、という枠からは外れていた。

「でもさぁ、桐谷はヤバいんじゃねぇの?」
「不良友達が多い、って話か?」

オレが聞き返せば、最近仲良くなったそいつは笑いながら否定する。

「それはアイツが見栄張ってるだけだ、同じ中学だったけどアイツがパシられる側だったし」

そいつは急に、オレを見て、真剣な表情をする。

「気を付けろよ」
「は?」
「お前じゃなくて、柿原さんな」
「何がだよ」
「食われるぞ」

「は?」と声が漏れた。

「“柿”だけに?」

馬鹿なもう1人の友人のボケは無視して、溜め息をつく。
それをどうしろ、って言うんだよ。


8: 胡蝶☆2017/08/20(日) 16:19:37 HOST:kd106154081244.au-net.ne.jp

授業が終わると、私は1人で理科室を出た。
群れるのは息が詰まる。
だから、私は基本的に単独行動を好んでいる。

別に、人が嫌いな訳じゃない。
嫌われてる訳じゃない、たぶん。
ただ、好んでこうしているだけ。

「柿原さん」

後ろから呼ばれて、足を止める。
そこには、同じように、1人の夏目くん。

「夏目くん」

そして、彼もたぶん、私と同類。

教室で馬鹿騒ぎする男子には混ざらず、飄々と1人でいる。
彼も嫌われている訳じゃない。

「気を付けた方がいい」
「何に?」

2度目の忠告に首をかしげると、夏目くんは私に近寄ってきて、声を潜めた。

「桐谷」
「え?」
「今までは柿原さんに彼氏が居たから、アイツも思いきったことはしてなかったけど」
「……思いきったこと?」

言っている意味がよく分からず、聞き返すと夏目くんはため息をつく。

「まぁ、とりあえず、2人になったら駄目だよ」

なりたくないし、なる気もないけど。
その場で不思議に思っていると、夏目くんがいきなり、私の手首を掴んだ。

「噂をすれば……桐谷が来てるから行こう」
「そんなに関わらない方がいいの?」
「関わりたいの?」
「いや、別に」

ただ、関わりたくなくても、向こうから来る場合はどうしようもない。
だから、私は適度な距離を保ってきた。
けれど、それでもヤバいってこと?

「柿原さん、桐谷の噂、知らない?」
「何それ?」
「……今度、うちのクラスの女子に聞いてみて」

え、言ってくれないの。
夏目くんは私を見ずに、真っ直ぐ、前を向いていた。


9: 胡蝶☆2017/08/26(土) 17:19:04 HOST:kd106181201078.au-net.ne.jp

「桐谷の噂?」
「そう、なんか知らない?」

夏目くんに言われた通り、私はその日の昼休み、クラスの女の子たちに聞いてみた。
彼女らは顔を見合わせていたが、その中の1人が声を上げた。

「……アレじゃない?」
「どれ?」
「ほら、ホテルのやつ」
「あ、手を出すって話?」

やがて話がまとまったのか、彼女らは声を潜めて私に話し出した。

「噂なんだけどね、桐谷は中学の頃にしょっちゅう自分の家やホテルに女の子を連れ込んでたらしいの」
「……それって、そういうこと?」

男女が2人きりでホテル、そんなの、どうなるかは私にも分かる。

「たぶんね……それとね、脅されて無理矢理、連れ込まれる子が多かったんだって」
「でも、桐谷の親がお偉いさんらしくて訴えても揉み消されちゃうの」
「被害者は泣き寝入り、桐谷は気にせず同じ真似を何度もする、許せないよね」

その言葉に、女の子達は頷き合う。
私は彼女らにお礼を言って、騒がしい教室から出た。
暫く、当てもなく歩きながら、どうにかして桐谷と距離を置く方法を考える。

桐谷に絡まれるのを今まで通り、避けていれば問題ない筈。
けれども、脅されたらどうしようもない。
……例えば、湊に危害を加えると脅されたら、私はたぶん逆らえない。
うつ向いて、溜め息を吐く。

「柿原さん!」

呼び止められて、顔を上げれば、大量のプリントを手に持った夏目くんが居た。

「化学の原田に押し付けられた」
「……私に手伝え、ってこと?」
「うん……あと、聞いた?」
「聞いた、どうしようか考えてたところ」
「良い案があるから、とりあえず半分持って」
「とりあえずの意味が分からないけど」

テンポの良いやり取りをしてから、夏目くんの手からプリントを受けとる。

「それ、半分?」
「私にとっては半分」
「オレから見たら3分の1」
「気のせい気のせい」

軽妙なやり取りをして、背中に突き刺さってくる視線は見ない振りをした。


10: 胡蝶☆2017/09/02(土) 00:19:40 HOST:kd106181195111.au-net.ne.jp

視線が無くなった頃を見計らい、私は本題に入った。

「どんな考え?」
「まず、帰りはなるべく誰かと帰ること」

小学校でよく言われた台詞だな、と思いつつ、相槌を打つ。

「それから桐谷とは必要以上に接しないこと」
「……これって、案っていうより注意じゃない?」
「うん、案は今から話すから」

前置きが長い、と不満を心の中で呟きながら、夏目くんに先を促す。
話を再開しようとした時、桐谷が廊下の向こう側から歩いて来るのが見えた。
夏目くんも気付いたようで忌々しげな顔をする。

「学校は遭遇率が高くて厄介だから、電話にしよう」
「了解」
「今日の夜、いける?」
「問題ないよ」

目線を合わさず小さな声で、話を悟られないように。
そんな風に歩きながら、桐谷に近付いていく。

「あ、知世ちゃんと凜也じゃん」

凜也、って誰?
と一瞬思ってから、あぁ、夏目くんかと思い出す。

「なになに、2人揃って……まさか、そーゆー感じ?」
「な訳ないだろ」
「ていうか私、別れたばっかだし」
「ま、そーだよなぁー。知世ちゃん、オレはいつでも付き合ってあげるよ?」
「桐谷、柿原さんは別れたところなんだから気を遣え」

返答に困る私を遮るように、夏目くんか答える。
桐谷は口を尖らせ、つまんねぇ、と呟く。
私は、早くどこかに行け、と心の中で呟く。

「オレら、プリント持ってかなきゃいけないから」
「へいへい、真面目だわー」

夏目くんがそう言って歩き出す。
桐谷はあからさまに嫌そうな顔をしながら、夏目くんを見た。
私はその場から逃げるように、夏目くんの横に並んだ。

桐谷とすれ違ったあとから、突き刺さる視線はさっき感じていたものと同じ。

「柿原さん」
「夏目くん」
「もう、手遅れかもしれない」
「私もそう思う」
「……ロックオン、されてる」

廊下に出ていた人は少なかった。
私たちの背後にいるのは、歩いて、すれ違った桐谷だけ。
視線は桐谷からで、ほぼ間違いない。

「一応、電話はするから、今日ゆっくり話をしよう」

あぁ、面倒なことになってきたな。


11: 胡蝶☆2017/09/25(月) 18:17:04 HOST:kd106181187053.au-net.ne.jp

携帯片手に自室のベッドで仰向けになっていたら、嫌でも思い出すのは。

湊との、最後の電話。

最後まで可愛いげのないことをしてしまい、後悔が残る。
物分かりの良い女で居たかった。
無意味なプライドを守りたかった。
後悔する、心の何処かではそんな風に分かっていたのに。

「柿原さん?」
「あぁ、ごめん、ちょっと回想してた」
「意味わからないけど、とりあえず話、続けるから」

夏目くんが怒ると怖そうなので、ベッドに正座して話を聞く。

「前も言ったけど、桐谷は柿原さんが付き合っていたから、しつこく絡むだけだった」
「まぁ、それでも迷惑だけど」
「同意はする、けど、まだマシだと思うよ」

それはそうだけど。
でもやっぱり、絡まれるだけでも、面倒で仕方ない。

「で、どうするの?」
「柿原さんが別れたから危険性が高まった。それなら逆は?」
「………復縁しろ、って言うの?」
「それがベストだけど……そんなに甘くはないだろ?」

したくない訳じゃないけど。
湊はたぶん、そんな気持ちは1ミリも残ってない。

「まぁね」
「だから、1つ、案を考えた」

それが、学校で言おうとしてたことか。

「どんな案なの?」
「オレと一緒に、1つ、嘘をつく案」

……………え?


12: 胡蝶☆2017/09/25(月) 18:37:45 HOST:kd106181187053.au-net.ne.jp

「ごめん、理解ができない」
「ごめん、言葉が足りなかった」
「で、どういうこと?」
「オレと付き合ったっていう嘘をつく」

サラッ、とえげつないことを抜かしやがったな。
そんな嘘、軽い気持ちではつけない。

「私、別れたばっかだけど」
「今すぐじゃない、夏休みが明けてから。どうせ、もうすぐ夏休みに入る。そうすれば、危険性は下がるだろ?」
「その間は安全ってこと?」
「そう、でも休み明けはそうじゃない」
「だから、私と夏目くんが付き合ったっていう嘘をつく?」

小さく頷く声が、電話口からした。
言ってることは正しい。
だから納得はする、けれども賛成はしない。

「夏目くんまで巻き込む真似はしたくない」
「巻き込むって、大したことじゃないから大丈夫だよ」
「大したことじゃんか!夏目くんのことが好きな人がいたら、どうするの?その子を嘘で傷付けることになるんだから。」
「別にどっちにしろ振るから一緒」
「そういうことじゃなくて……夏目くんは嫌じゃないの、そんな嘘つくこと」
「平気、柿原さんは?」

即答されて、質問返しされて、口をつぐんだ。
そんな嘘をつけば、湊とは本当にもう2度と話せなくなるかもしれない。
表面では平静を装ってる癖に、湊ばかりを想う自分が愚かに思えてくる。

「…………平気」
「真野のこと、気になるな」
「私は平気だから!……でも、夏目くんまで巻き込めない」
「だから、オレは問題ないんだって」
「その嘘がどれだけ重い嘘か、分かってる?」
「そうしないと、柿原さんが危ない目に会うって自覚がある?」

分からない、正直、思わない。
強い視線は感じる。
だけど実際に、桐谷が私にそんなことをするとは思えない。

「オレに気を遣ってる場合じゃない、何かあってからじゃ遅いんだから」

そう言われても私は、夏目くんの提案に頷くことはできなかった。


13: 胡蝶☆2017/09/27(水) 18:50:19 HOST:kd106181190220.au-net.ne.jp

その電話から暫くして、迎えた終業式。
明日からは待ちに待った、夏休み。
長たらしい校長の話は、もはや定番になっている。

夏目くんの提案に対して、私は未だに賛成できず、とりあえず保留となっていた。
確かに、たった1つの嘘をつけば、上手くいく話かもしれないけれど。
それは重い嘘だ。
……それに、湊にどう思われるかも不安だ。

湊と私は相変わらずで、擦れ違っても目が合うことはないし、合いそうになってもどちらかが逸らす。
忘れられない癖に、いざ会うと、まともに顔も合わせられない。
湊は私のことなんて気にしてないんだろう。
気にしてるのは私だけだ。

きっと、好きだったのも私だけ。
独りよがりで、滑稽で。

「えー、ですので、明日からも……」

校長の話は終わりが見えない。

暑いんだから、さっさと終わらせろよ。
なんて不満を心の中でぶちまけながら、優等生の顔をして前を見る。
そんな時に聞こえてきた会話。

「柿原さんってさ……別れたらしいよ」
「え、別れたの?」
「あの2人、長続きしそうだったのに」
「真野くんだっけ?」
「そうそう、その人!」
「馬鹿っ、声がでかい!」

……馬鹿か、全部聞こえてるよ。

他クラスの女子が囁き合う声は嫌でも、耳に入ってきた。

あぁ、胸が痛い。


14: 胡蝶☆2017/10/09(月) 15:25:56 HOST:kd106181199125.au-net.ne.jp

『真野くんが彼氏って羨ましいなぁ』

湊と付き合っていた時に、よく言われた台詞だった。

格別に顔が整っている訳じゃない。
けれども無駄にカッコつけたがる同年代の男子に比べて、湊は大人びていた。
気遣いができて、真面目な好青年。
それが、真野湊だった。

あすかはよく、湊を「女心が判らない奴」と言っていた。
まぁ、それは間違ってはいない。
連絡無精だし、甘い言葉も囁かないし、手を繋ごうともキスをしようともしてこなかった。
普通の女子ならそこで不満に思うかもしれないけど、“私”はそんなものは求めていなかった。

ただ、湊の傍に居るだけで充分だった。

「ということで、皆さんにとって有意義な夏休みを過ごしてくださいね」

校長の長話を聴いていた人は4分の1にも満たないだろう。
生徒は勿論だけど、先生達も欠伸を噛み殺している。
長いだけで、中身は薄いからね。

「校長先生、ありがとうございました」

進行役の生徒会の生徒が、マイクを持ち、礼を言う。
1ミリも思ってなさそうな表情だけど。

「続いて、表彰に移ります。表彰される生徒は前に出てきてください。」

体育館が少し、ざわめき出す。
校長の話が長いことへの不満があちらこちらから聞こえてくる。

「野球部、女子テニス部、男子テニス部、バドミントン部、女子バレーボール部」

私も表彰されることになっている。
なので、すっと立ち上がり、人の間を縫って、表彰される人たちが並ぶ列に並んだ。
歩いている途中に桐谷に絡まれかけたけど、聞こえなかった振りでかわした。

ついでに、桐谷の苛立たしそうな舌打ちも、聞こえない振りをした。


15: 胡蝶☆2017/10/13(金) 15:48:53 HOST:kd106181190017.au-net.ne.jp

side◆M

つまらない校長の話の後は、部活動の表彰式。
オレはサッカー部だけど、自分が表彰されるなんて夢のまた夢だ。

「お、知世ちゃんじゃん」

後ろの奴にからかわれて、思わず、そいつをしかめっ面で睨む。
それから前を見れば、壇上には知世が立っていて、表彰されていた。

「柿原知世殿、貴方は春季大会予選において素晴らしい活躍をされたことを____」
「柿原さん、あんなに華奢なのにね」
「憧れるなぁ」

隣に座る女子たちの会話が耳に入ってきて、僅かに共感する。
確かに、知世は華奢で運動ができそうな身体ではない。
そんな見た目に反して、バレー部ではエースを務めているらしい。
知世が出ている試合を観た時は、純粋に驚いた。
あの細い腕でどうして、あんなに力強い球が打てるのかと思った。

成績優秀、スポーツもできる。
清廉潔白という言葉がよく似合い、自然と人に好かれる人。
それが、柿原知世だった。

『お前、ほんとに勿体ないことしたな』

知世と別れてから、よく言われる言葉だ。
振る理由がない、と言われる。
オレもそうだと思う。

不満を言わず、我儘を言わず、オレを気遣ってくれていた。
良い彼女だった、とは思う。
それでも別れたのは、そうすべきだと感じたから。

友人の警告をふと思い出し、隙間なく座る生徒たちを見回し、ある1点で視線を止めた。
その先には桐谷京介、そして桐谷の目線の先には恐らく、壇上にいる知世。

『食われるぞ』

ふと思い出された言葉に、溜息をつく。
知世を守るのはもう、オレの役目ではない。


16: 胡蝶☆2017/11/11(土) 13:56:53 HOST:kd106181193226.au-net.ne.jp

「ねぇ、知世ちゃん」

終業式も終わり、私は賞状の入った筒を片手にゆったりと歩いていた。
大勢の生徒でごった返す体育館の入り口を抜けて、人通りが少なめの廊下を1人で歩いていた。
久しぶりの賞状に、少し、口角を上げながら。

だから、そうやって声を掛けられた瞬間に、気分は急降下した。

「なに?」

足を止めて、なるべく感情を出さずに答える。
後ろの奴は私に近付いてきて、いつもより静かな声で言う。

「どうして、オレを無視するの?」

あぁ、不味い、怒ってる。
聞こえてない振りをしていたけれど、やはり桐谷は気付いたらしい。

桐谷の顔は笑ってるのに、目は笑ってない。

「無視?」
「さっきも、表彰の時に声掛けたのにさぁ」
「あ、そうなの?ごめん、気付いてなくて」
「何でだよ」
「無視してない」
「嘘つけ、気付いてただろ?」
「嘘じゃない、気付かなかったの」

人通りが少ない方を選んだことを後悔する。
それから、1人で歩いていたことも。
桐谷は私の手首を掴む。
強く、痛く。

「何でだよ」

笑ってない、本気の目が私を捉える。

「桐谷くん、やめて」

それでも、怯えた表情は出してやらない。
ここで怯えたら、負けてしまう。
いつも通りの澄ました顔で、桐谷を見つめる。

「つまらない冗談はやめて、私は無視なんかしてない。腕痛いし、放して。」

目を逸らしてはいけない。
鼓動が速くなっていくのが、自分でも分かる。
やがて、桐谷が私の手を放した。

「なんちゃってー」

いつも通りのチャラけた笑顔を浮かべて、桐谷は私に聞く。

「ビビッた?」
「まさか」

少ない言葉で答えながら、タイミング良く廊下を通っていくあすかを見つける。

「あすか!」

あすかは同じクラスの友達と話していたけれど、私の声に気付いて、その輪から外れた。
急いで、あすかに駆け寄る。

桐谷から逃げるように。


17: 胡蝶☆2017/11/13(月) 18:12:45 HOST:kd106181198075.au-net.ne.jp

あすかは不思議そうな顔をして、私を見る。

「知世、何か、変だよ」

どきり、とする。
あすかは私の異変に気付きやすい。
感情を押し殺すことは得意な筈なのに、あすかにはいつもバレる。

だけど今は、バレてはいけない。
あすかを巻き込む訳にはいかない。

「変?何で?」
「何ていうんだろ……何となく?」
「何それ」

いつも通りの笑顔を浮かべ、いつも通りの笑い声を上げた。
桐谷はまだ、近くに居て、此方を伺っている。

「勘かなぁ」
「あすかの勘ってアテにならないじゃん」
「え、酷い」
「事実を言っただけですー」

いつも通りの軽妙なやり取り。
大丈夫、いつも通りに振る舞うだけ。

あすかは急に真顔になって、私を見つめた。

「やっぱり、いつも通りだね」
「だから言ったじゃん、変じゃないって」
「気のせいだったみたい……てか、表彰おめでと!」

すっかり話題が変わったことに安心しながら、辺りを窺うと桐谷はいつの間にか、居なくなっていた。
あすかは妙に鋭いところがあるから、これからも気を付けないといけない。

『何でだよ』

睨む目に、強く握られた手首を思い出す。

頭や口なら桐谷に勝つ自信はある。
でも、力なら間違いなく、負けるだろう。
私が多少、運動が出来ても所詮、女子。
男女の間には対格差がある上に、ガタイの良い桐谷には勝てるとは思えない。

だったら、もう、残っている選択肢は1つしかない。


18: 胡蝶☆2017/11/13(月) 18:31:58 HOST:kd106181187206.au-net.ne.jp

「ねぇ、夏目くん」

自室のベッドで転がりながら、電話の向こう側の夏目くんを呼ぶ。

「夏休み中にお互いに恋人ができなければ、あの作戦に乗る」
「どういう風の吹き回し?」
「……現実的に考えて、危ないかなって思ったから」
「……何か、あったの?」

夏目くんは探るように聞いてくる。
私は迷ったけれども、今日のことは話さないことにした。
余計な心配は掛けたくない。

「別に、ただ、よく考えてみただけ」
「それならいいけど」
「夏目くんが彼女できたら、この作戦はナシね」
「大丈夫、オレに彼女は出来ない」

自信満々に言ってのける夏目くん。
その自信が何処から来るのか知らないけど、やたらと自信満々。

「柿原さんが、真野と復縁してもナシ」
「それこそ有り得ない」

……湊は夏休み中に新しい彼女、作りそうだけど。

「オレたちが恋人同士だって広めれば、桐谷への牽制にもなるし、一緒に行動する理由にもなる」
「一緒に行動するって?」
「登下校とか、移動教室とか。あぁ、1日中べったりする訳じゃないけど、桐谷が近付きそうになったらオレがガードするって感じ?」

そこまで考えて、夏目くんはこの作戦を提示したんだ。
その賢さに感服しながら、私は頷いた。

「分かった、ありがとう……盛大に巻き込んでごめんね」
「気にしなくていい、最初に提案したのはオレだし……柿原さんこそ、変な噂を広めることになるけど本当にいい?」

湊のことでいつまでも、ウジウジしている訳にはいかない。
夏目くんはこんなに協力してくれてるんだから、私が迷っててはいけない。

「いいよ、問題ないから」

明日からは、待ちに待った夏休みが始まる。


19: 胡蝶☆2017/11/16(木) 16:54:13 HOST:kd106181197201.au-net.ne.jp

夏の暑さはまだ残っている。

夏休みは部活ばかりで、案の定というか何と言うか、私に恋人はできなかった。
勿論、湊とも何も無かったし、私自身も湊のことについてはだいぶ吹っ切れていた。

夏休みが明けた当日。
いつもより少し早めに登校して、静かな教室で窓際の席に座り、外を眺める夏目くんに声を掛ける。

「おはよう」

彼は机を指で軽く2回叩いて、私の目を見た。
2人で決めた、スタートの合図だ。
夏目くんは私が頷くのを見て、口を開いた。

「おはよう、“知世”」

ずっと、“柿原さん”と呼んでいた彼が初めて、下の名前で私を呼んだ。
近くの席に居た女子が、僅かに此方に意識を向けたのが分かる。

「ねぇ、“凛也”」

呼び慣れない夏目くんの名前に、何だか擽ったさを感じながらも、涼しい顔をする。
此方に意識を向ける人間が、更に増えた気配がする。

「夏休みに貸したテキスト、返して」
「あー、分かった」

夏目くんは自分の鞄からテキストを取りだし、私に渡す。
誰も何も言わない、何も聞かない。
だけど、何かを探るような空気がある。

まぁ、今はこれぐらいでいいか。

と思いながら、テキストを受け取り、自分の席に戻る。
皆の意識も私たちから逸れた。

だけど、初めに気付いた女子だけはまだ、私に意識を向けていた。


20: 胡蝶☆2017/11/16(木) 17:26:30 HOST:kd106181186138.au-net.ne.jp

side◆M

「柿原さん、付き合ってるらしい」

誰だか知らないが、クラスの奴がふと、そんなことを言った。
何人かはチラチラと此方を見たが、オレは気にしなかった。

「あ、知ってる!夏目くんでしょ?」
「そうそう、“夏目凛也”だっけ?」
「あー、アイツかぁ……まぁ、なんか納得できる」
「あの人って、よく見るとカッコいいよね!」
「どっちも大人っぽくて、長続きしそうじゃない?」
「ていうか、柿原さんって真野の元カノじゃん」

クラス内でやんちゃな男女がその話題を話していて、オレは聞き耳を立てていた。
だから話を振られて、少し、どきりとした。

「そっか!真野くん、何かごめんね〜」

何か、ってなんだよ。
と思いつつ、手をヒラヒラと振り、気にしないでとアピールをしておく。

「お前、知ってたんだろ?」

隣の席の、このクラスでは1番、仲が良い奴がそんなことを聞いてくる。
オレは肩を竦めるだけで、何も答えなかった。

本当は知っていた。

『“柿原知世”と“夏目凛也“が付き合っている』

部活で広まっていた噂だ。
最初に耳にした時は、どうせガセネタだろうと思っていた。
だが、どうやら本当らしい。

少し、気に入らない。

知世は暫くは、付き合ったりしないだろうと思っていた。
それが、オレと別れて2ヶ月ほどで新しい恋人を作っていた。
まぁ、オレはもう、知世とは他人だから何も文句を言う気はない。

何はともあれ、桐谷から守ってくれそうな存在が出来た訳だから。

「良かったんじゃない?」

思わず、小さく、呟いた。


21: 胡蝶☆2017/11/24(金) 17:36:52 HOST:kd111239205072.au-net.ne.jp

女子高生は、基本的に噂が好きだ。

「ねぇ、知世ちゃん」
「なに?」

朝の教室で、席に座ってボーッとしていると、女子たちに声を掛けられた。
5人ぐらいのグループで、中には昨日、名前で呼び合う私と夏目くんに、最後まで注意を傾けていた子がいる。

ちなみに、夏目くんはまだ来ていない。

「夏目くんと付き合ってるの?」

ほら来た。

予想通りの質問に笑いを堪えながら、控えめに微笑み、小さく頷く。
途端に沸き上がる女子たち。

女子高生は基本的に、噂が好きだ。
それが恋愛に関することならば、尚更、好きだ。

いつから、とか、どっちから告白したの、などの質問攻めになるべく端的に答える。
勿論、全て、夏目くんと打ち合わせ済みだ。
その内に彼も登校してきて、私達が騒いでることで何かを察している男子たちに質問攻めに会うだろう。
でも、何を聞かれても、私達の嘘はバレない。
念入りに設定を作ったんだから。

とりあえず、後は彼らの動き次第。
心配はしていない。
男子はともかく、女子は噂が好きだから。

「じゃあ、もう少しで一ヶ月?」
「そうなる、かな」
「盛大にお祝いする!」
「盛大にしなくていいよー」
「じゃあ、密やかにお祝いするね」
「密やかにお祝い、って意味分かんない」

そこで笑い声が上がった。
さぁ、遠慮せずにどんどん、このことを広めて。
早く、クラス中に噂を広めて、桐谷の耳に。

「これで桐谷も、絡んでこないんじゃない?」

笑っていた女子の1人が、急にそんなことを言った。
核心をつく一言にドキッとしながら、困ったような表情を作る。

「そうだね……そうなれば、いいんだけど」

どうか、上手くいきますように。


22: 胡蝶☆2017/11/29(水) 18:02:25 HOST:kd111239196021.au-net.ne.jp

その日から2、3日の期間で私と夏目くんが付き合っていることは大分、広まっていた。
どうやら、他のクラスにも広まり始めているらしい。
あすかからも「言ってくれないなんて水臭い」と、不満げに言われた。

夏目くんと私は付き合っていることを認めながらも、必要以上にはイチャつかないようにした。
私が1人で居るときに桐谷が此方を窺っていれば、夏目くんが近くにきて、それとなく阻止をしてくれた。
移動教室の時だけは大体、夏目くんと行くようになっていた。

「そろそろかな」

その日の移動中も、いつも通りに隣に並んで歩いた。
夏目くんは真っ直ぐ前を見ながら、小さな声で言う。

「そうだね」

と、私は答えた。
夏目くんの言いたいことは聞かずとも分かった。

理科の実験班はくじ引きで、私が引いた番号のグループには既に、桐谷がいる。
夏目くんが「変わろうか?」と誰にも気付かれないように聞いてくれた。
だが私は小さく笑っただけで、返事はしなかった。

それは私なりの、“NO”の意思表示。

桐谷の横しか空いてなくて、私は当然、そこに座る。
夏目くんは少し、不安そうな表情だ。

「知世ちゃん」
「なに?」

パラパラと教科書を捲りながら、桐谷の呼び掛けに答える。

「マジで、夏目と付き合ってんの?」

その問いに捲る手を止め、桐谷の目を見る。

「うん、“凛也”と付き合ってるけど?」

名前で呼んでることを強調するように、わざと、この場面で使う。
この男は必ず、私に事実確認をすると思っていた。
夏目くんが言った『そろそろかな』はそのニュアンス。
つまりは、そろそろ、桐谷が本当に付き合ってるか聞いてくるだろう、ということ。

だから、その機会を此方から作ってやったのだ。
今、この場ならその事実を私がしっかり認めても、私に手は出せない。

「へぇー、そうなんだ」

桐谷はそれだけしか、言わなかった。
私は目線を再び、教科書に戻す。

始業を告げる、チャイムが鳴った。


23: 胡蝶☆2017/12/01(金) 17:35:54 HOST:kd111239206240.au-net.ne.jp

桐谷の反応は予想外に、静かだった。
この前のような威圧する雰囲気もなく、ただただ静かで。

そして、不気味だった。

嵐の前の静けさ。
あの静かさは、単純に私に関心が無くなったからなのか。
それとも、息を潜め、事を起こすタイミングを見計らっているのか。

前者であってほしいけれども。

実験は滞りなく進み、桐谷と話すこともほとんど無かった。
教室に帰るとき、隣に並んだのはまたしても、夏目くんだった。

「大丈夫?」

周囲の生徒が騒ぐ声に、紛れそうな声量で夏目くんが尋ねてきた。
私は小さく頷き、答えた。

「何にもなかった、気持ちが悪いぐらいに」
「諦めた、ってことなら問題ないけど」
「………ちょっと、そうは思いにくいかも」
「確かに、安心するにはまだ早い気がする」

ここからは桐谷の出方を見るしかない。
このまま、諦めてくれるのが1番、安心できるけど。

「牽制はし続けよう」
「牽制?」

聞き返すと、夏目くんは私の耳に囁いた。

「”知世“はオレのだから手を出すな、っていう牽制」
「………なんか、照れる」
「本気じゃないから照れなくていいよ」

いや、そうだけど、そうなんだけど!
結構、ドキドキしたから思わず照れた女子に、そんなに冷静な返しをしないでほしいです。

と、心の中で言いながら、溜め息をひとつ。
私はともかく、夏目くんの為にこの作戦を早く終わらせたい。

これ以上、彼に迷惑を掛けられない。


24: 胡蝶☆2017/12/07(木) 13:59:56 HOST:kd111239192158.au-net.ne.jp

9月半ばは体育祭が終わって、今度は皆が文化祭に向けて盛り上がる。
今週末は文化祭本番で、どのクラスも本格的に準備をしだす。
私のクラスも例外なく、今日からは半強制的に放課後は残るように言われた。

まぁ、言われなくても残るつもりだったけど。
この時期は部活も、文化祭準備が優先だ。

私と夏目くんの嘘はバレていない。
私のクラスは文化祭で模擬店をするが、一緒のシフトにさせられた。
頼んでもないのに、余計なお世話だ。

夏目くんは少々、過保護になってきている。
……もしかしたら、同じシフトになったのも、夏目くんが頼んだのかもしれない。
彼は何も言わなかったけれど。

桐谷からは特に接触されていない。
私に絡むことも最近はない。
作戦が功を奏している感じがする。
私に興味をなくしたのなら大成功だ。

だけど。

「私に興味をなくしたら、どうなるんだろ」

放課後、最後まできちんと準備を手伝った後、夏目くんと帰路についた。
夜の6時とはいえまだ9月、そんなに暗くはない。

「どうなるって?」
「そういうこと、やめるのかな」
「あー、他の子が被害に遭うってこと?」
「うん、そういう意味」

夏目くんは足を止めて、私を見つめる。
正面からじっくり見ると、割と整った顔立ちだ。

「可能性は否定できない、だけど今は柿原さんが標的から外れることを第一に動こう。」

……それは分かってるんだけど。

夏目くんはまた歩き出したので、仕方なく、私はその背中を追いかけた。


25: 胡蝶☆2017/12/07(木) 14:22:49 HOST:kd111239194057.au-net.ne.jp

翌朝、私は自分の下駄箱を見て、ドキリとした。
真っ白な封筒が入れてある。

人に見られないよう、それをトートバッグに仕舞い、平静を装いながら校舎に入る。
焦る気持ちを抑えながら、トイレの個室に入って、封筒を取り出した。
裏返すと、『柿原知世さん』という文字が目に入った。
差出人の名前はないが、間違いなく、私宛だ。

ゆっくり、封筒を開けるとルーズリーフの紙切れらしきものが出てきた。
そこには少し、乱れた文字が並ぶ。

『今日の放課後、3階の資料室に1人で来い。来なかったり、1人でなかったら_____』

思わず、息を呑む。

「……お前の、”大事な人”、が傷付く…」

最後の1文はそれで締められていた。
“大事な人”………あすか、それとも夏目くん?
いや、湊かもしれない。

差出人が誰かなんて、もう分かってる。
ずっと警戒していたのだから。
諦めたんじゃなくて、息を潜めていただけだった。
夏目くんにこのことを言えば、一緒に行こうと言うだろう。
……だけど、私のせいで誰かが傷付くのは御免だ。

夏目くんには絶対、悟られてはいけない。

守ってもらってばかりじゃいけない。
逃げてばかりじゃいけない。
真っ正面から立ち向かってやろう。

静かな朝の学校、誰もいないトイレの個室で私は決心する。

スカートの裾をぐっ、と握りしめた。


26: 胡蝶☆2017/12/08(金) 15:05:43 HOST:kd111239211133.au-net.ne.jp

桐谷は今日も何も言わない、何もしない。
それが、逆に苛立ちを募らせる。
あの手紙を見た私が、どんな様子かをこっそり、面白がりながら見ているのかもしれない。
そう考えると余計に、腹が立つ。

だから、私はいつも通りに振る舞う。

「おはよう」
「おはよ、凛也」

これまで通りに夏目くんと付き合ってる振りをする。
結局、脅されて呼び出されてる訳だから意味ないんだけどね。
でも、この演技も今日で終わり。
……いや、終わらせる。

夏目くんは気付いていない。
何がなんでも、気付かせてはいけない。
大事な人を守りたいから。

その日はなるべく、1人でいるようにした。
正確に言えば、1人で居たかった。
まぁ、私は元から、個人行動が多いタイプだからあまり珍しいことではない。
夏目くんとも適度に距離を置いた。

普段通りに2人でコソコソ話していたら、夏目くんに手紙の件を話したと勘違いされるかもしれないからだ。

「ね、昨日のドラマ見た?」
「見た見た!イケメンばっかりだよねぇ」
「あっちぃー」
「今日の飯、一緒に食おうぜ!」
「え、かわいいっ!」

昼休み、トイレに行こうと廊下に出れば、色んな人が楽しそうに話している。
女子はきゃあきゃあ、男子はぎゃあぎゃあ、騒いでいる。
私は僅かに目を伏せ、歩く。

その時、2、3人の男子たちと擦れ違う。
湊が、その中に居た気がした。

_________助けて。
聞こえる筈のない心の中で、思わず呟いた。


27: 胡蝶☆2017/12/08(金) 16:20:35 HOST:kd111239208123.au-net.ne.jp

side◆M

思わず、立ち止まって、振り返った。
色んな人が騒ぐ中で、1人、颯爽と歩いていく知世の姿が目に入った。

「おやおや、やっぱり未練あるんじゃない?」

隣の奴のからかいに、肩を竦めて首を横に振る。

「なんか、違ったんだよ」

呟けば、友人達は顔を見合わせた。
そう、何かが違う気がして思わず、振り返った。

知世が個人行動をするのはいつものことだ。
気になったのはそこじゃない。
雰囲気がいつもと違う感じがした。
自信があって意思の強い彼女が少し、不安そうにしていた。

「でもさ、それに気付くってやっぱり愛の力?」
「だから、違う」

しつこいからかいを否定して、再び、歩き出す。

オレは知世が強いことを知っている。
彼女は真っ直ぐで、しっかりとした芯がある女の子だ。
だけど、強がりなことも知っている。
彼女は弱さを隠して、笑顔を浮かべて誤魔化す。

それを知っているからこそ、気になる。
夏目はそれを知っているのか、もし知らなければ。
今、知世は“1人”で何かを抱え込んでるんじゃないか。

もしかしたら、オレの思い違いかもしれない。
知世本人に確認すれば早い話だがオレと彼女の関係は複雑で、そう簡単にはできない。
それに、アイツを守る役目は夏目凛也のものだ。

________助けてやりたい。
心の中でそう思いながらも、何もできないもどかしさを感じた。


28: 胡蝶☆2017/12/10(日) 13:59:34 HOST:kd111239205047.au-net.ne.jp

迎えた放課後、昨日と同じように文化祭の準備があるからか、多くの生徒が教室に残っていた。
見回せば、既に桐谷は居なかった。

「桐谷の奴、もう帰ったんじゃない?」
「別にいいよ、ふざけてばっかりで邪魔になるだけだし」

そんな辛辣なことを言いながら、準備に取り掛かっていた女子達に声を掛ける。

「ごめんね、部活で呼ばれてて……用事済んだら戻るけど、ちょっとだけ抜けるね」

そう伝えれば、「全然気にしないで!」と彼女らは笑顔で私を見送る。
夏目くんはトイレ掃除の当番だとかで、教室には居ない。
ちょうどいい、好都合だ。

資料室を生徒が使うことなんて滅多にない。
私も入学以来、中に入ったことはない。
資料室なんて名ばかりで、実際のところは物置となっているらしい。
だからか、資料室前の廊下も人通りが少なく、ひんやりとした空気がある。

コツコツ、と響くのは私の足音だけ。

廊下の一番奥、資料室と書かれたプレートを見つける。
扉の前で足を止めて、深呼吸をする。
スカートをギュッ、と握り締めた。
閉めきられたカーテンのおかげで、中の様子は全く分からない。

手の震えをどうにか押さえて、扉を開ける。
扉は錆びているのか、少し重く、ギギッと嫌な音を立てた。
そのまま、扉を開けたままにしておく。

教室の電気は点いておらず、薄暗い。
中は普段使う教室よりも少し狭い空間で、本棚や机、椅子などが散乱している。
本棚の中身は殆ど空っぽで、全体的に埃っぽく、思わず顔をしかめた。

教室の中央付近だけ、綺麗に机と椅子が並べられていた。
それが妙で、気味が悪い。

その時、背後で気配がして振り返ると同時に扉が閉まる。
カチャン、と鍵まで閉められる音がして私は少し焦る。
逃げ道を閉ざされたのだから。

「待ってたよ、知世ちゃん」

そう言って、桐谷は私の片腕を掴み、教室中央へ引きずっていく。
私は空いた片手でスカートを、もう1度、ギュッと握り締めた。


29: 胡蝶☆2017/12/10(日) 14:32:26 HOST:kd111239205047.au-net.ne.jp

妙に綺麗に並べられた机と椅子、のうちの1つの机に桐谷は腰を下ろす。
私はその、すぐ近くの椅子に座らされた。
扉がある方に桐谷が座ったので、私は簡単には逃げられない。

「で?」

私は脚を組み、強気な態度で問い掛ける。

「わざわざ呼び出して、何の用?」

勿論、用件は分かっているけど。
桐谷はそんな私を面白そうに見ながら、私の髪を触る。

「オレの女にならない?真野とか、夏目みたいな地味な奴と付き合ってもつまんねーじゃん」
「何度も言わせないで、却下」

パシッ、と軽く、桐谷の手を叩く。
桐谷は尚、笑みを浮かべて私を見る。

「やっぱいいねぇ、知世ちゃんの強気なところ。痺れるわぁー」
「今までの子はアンタが脅せば、皆、言うこと聞いた?」
「オレのお願いは誰も“断れない”からな」
「断ったら、どうなるの?」

探るように尋ねれば、桐谷はペラペラと答える。

「潰すだけ。オレの親、お偉いさんだし、それぐらい簡単にできるし。まぁ、断る奴なんて今まで居なかったけど。」
「それで好き放題やってたんだ?」
「いい女は欲しくなるじゃん。中3の時にやってみたら、上手くいって、そっからハマッちゃってさ。訴えたところで親が隠蔽してくれるし。」

本物のクズだな、と思いながら、私は更に探りを入れる。

「うちに入ってからも続けてる?」
「学校の奴らは地味でつまんねぇから手出ししてねぇよ。だけど、知世ちゃんは面白いって思った。」
「……面白い?」
「強気で媚びない女。人のモノに手出すのも面白いな、って思ったんだよねぇ。」

思わず睨めば、桐谷は急に周辺の机や椅子を蹴り飛ばして、私を椅子から引き摺り下ろす。
少し、スペースのできた床に落下した私は僅かに痛んだ体を起こそうとするが、その前に桐谷に乗り掛かられた。
両手をひと纏めにして、仰向けで床に押さえつけられ、身動きが取れなくなる。

「教室でこの状況、初めてだからゾクゾクするわ」
「やめて!」
「人通り少ないから、叫んでも無駄だって」
「いい加減にしてっ!」

桐谷の手は既に、私のブラウスのボタンを外しに掛かっている。

「____助けてっ!!!」

桐谷は私を見て、愉しそうに笑った。


30: 胡蝶☆2017/12/12(火) 18:19:15 HOST:kd111239200069.au-net.ne.jp

side◆M

放課後、理科室の掃除当番だったオレはじゃんけんに負けて、ごみ捨てに行かされた。
今日は文化祭の準備もあるから、さっさと終わらせよう。

そう思って、ゴミ箱から袋だけを抜き取る。
ふと、窓を見れば、向かいの校舎が目に入る。
今、オレがいる4階と同じ階の廊下を1人の女子生徒が歩いていた。
彼女はそのまま、廊下の1番右側の教室に入っていく。

知世だった。

入っていた教室は確か……資料室?
けど、あそこは物置と化してるはず。
文化祭の準備か、いや、あんな場所使わないか。

資料室の、開いたままの扉を見つめながら、考える。
電気が点いていないのか、流石に此処からでは中の様子までは分からない。

「真野、早く持ってけよー」
「あ、はい」

先生にそう声を掛けられて、振り向いて返事をする。
ゴミ袋の口を結び、持ち上げて、再び向かいを見れば。

(_____扉が、閉まってる)

さっきまで開いていたはずの扉が、ピシャリと閉められていた。
自分で閉めたのかもしれない。
オレが考えすぎなのかもしれない。
だけど、何か、おかしくないか。

不安げな知世。
人通りの少ない場所。
閉めきられた空間。

ゴミ袋片手にオレは、早足で資料室まで行った。
先にゴミ捨てを済ませるべきか、と思ったがどうしても気になる。
ゴミ袋は近くに放置して、閉められた扉の前に立った。

ゆっくり、扉に手を掛けて、引いてみるが動かない。
鍵が掛かっている。
知世が、掛けたのか?

「真野?」

突然、名前を呼ばれて振り向けば、1人の男が立っていた。
飄々としていて、賢そうな顔をしている。

「夏目……凜也、だっけ?」

知世の彼氏だった。


31: 胡蝶☆2017/12/12(火) 18:51:52 HOST:kd111239200069.au-net.ne.jp

side◆R

柿原さんの様子がおかしい。

そうやって、何となく、感じた。
いつも通りに自由に動いてるように見えて、そうじゃないというかなんと言うか。
何処か、オレを避けてる気もする。
まぁ、自由な彼女のことだからただの気分かもしれない。

桐谷に動きも見られないから、大丈夫だとは思うけど。

掃除を終えて、教室に戻れば柿原さんは居なかった。
ついでに言えば、桐谷も居ない。

「知世は?」

随分、下の名前で呼ぶのも慣れたなと思いつつ、手の空いてそうな女子に声を掛ける。
彼女は少し思案した後、あっ、と小さく声をあげた。

「部活の用事、って言ってたよ!」
「部活……そっか、ありがとう」

礼を言ってから、もう1つ尋ねる。

「桐谷は?」
「え、帰ったんじゃない?」
「荷物、置いてあるけど」
「嘘っ、気付かなかった……じゃあアイツ、学校にいる癖して準備手伝ってないってこと!?」

といきなりヒートアップした彼女に苦笑いしなから、用事がある旨を伝えて、少し抜けることを言っておく。
教室を出ようとしたとき、1人の男子が思い出したように言った。

「そういや、さっき窓から見かけた、上の階の向かいの廊下歩いてた女子……柿原さんに見えたんだけど」

その言葉を聞いて、オレは駆け出した。
あの廊下は人通りが少ない。
柿原さんと桐谷の不在が重なっているのも気になる。

それで急いで来てみれば、資料室の扉に手を掛ける、真野の姿が目に入った。


32: 胡蝶☆2017/12/12(火) 19:52:56 HOST:kd111239200069.au-net.ne.jp

side◆M

「なんで此処に?」
「知世が入っていくのを見かけた」
「だから?」
「様子がおかしかったから気にかかってた」

何処か焦ったような表情の夏目は、オレを疑うような目をしている。
余程、知世のことが大事らしい。

「それで、彼女は?」
「鍵が掛かってる、開かない」
「自分で掛けたのか……?」

考え出す夏目を見ながら、オレは心の中で結論を出す。
自分では掛けないだろう、恐らく。
というか、掛ける目的がない。
じゃあ、誰が?

「他には、誰かいるのか?」

その問いに肩を竦め、首を横に振った。

「何とも言えない……少し、目を離した隙に扉は閉まってた。その間に誰かが入った可能性は十分ある。」
「蹴破ってみるか」

とんでもないことを呟いた夏目を慌てて止める。

「壊すのはまずいだろ、何が起こってるかもはっきりしないし……ってお前、それ以前に蹴破れんのか?」
「ここの扉って割と古いから、鍵穴を蹴れば鍵が潰れる」

夏目の見た目的には真面目な賢そうな奴という印象だが、意外と大胆なことを言う。
少し、驚きながら夏目を見ていると、視線に気付いたのか此方を向いた。

「何?」
「……いや、別に」

お互いに口を閉じ、辺りが静寂に包まれる。
その時、夏目が俺の目を真っ直ぐに見てきた。

「真野は“柿原さん”のこと、後悔してるんじゃない?」

“柿原さん”?

「お前、下の名前で」

呼んでないのか、と続けようとして中から物音がしたことで遮られた。
ガタンッ、と何かが倒れる音だ。
扉に耳を押し当てれば、微かに言い争う声が聞こえる。

「クソっ、やられた」

夏目は隣で低く呟くと、扉を蹴破る体勢に入る。
本当にいいのか、と思いながら止めるか止めないか迷っていると。

「______助けてっ!!!」

知世の声が、聞こえた。


33: 胡蝶☆2017/12/16(土) 16:58:28 HOST:kd111239192047.au-net.ne.jp

「無駄だって」

助けを求める私を見下ろしながら、桐谷はそう言った。
どうにか拘束を解こうとするが、桐谷の力の方がやはり強くて、身動きができない。
ブラウスのボタンは半分ほどまで外されている。

足を動かそうとすると、たまたま、近くにあった椅子が倒れ、大きな音を立てた。
……でも、椅子が倒れた割にはやけに音が大きかったような。

「いい加減、大人しくしなよ」
「しない、放して!」

そう叫んだとき、また、大きな音がした。
今度は何も倒れていない。
桐谷も気付いたのか手を止め、私から目を離した。
両手を拘束している手の力は緩められず、私は内心で舌打ちした。
逃げ出す機会が来た、と思ったのに。

その時、ガラッと派手な音を立てて、扉が開いた。
そして、姿を現したのは夏目くんと。

「み、なと……!?」
「お前っ、知世に近付くな!」

私が驚く間に、湊は桐谷に殴り掛かる。
思わず、桐谷が拘束を緩めた隙に私はそこから逃げ出した。
夏目くんはいきなりのことに立ち尽くす私の腕をとり、桐谷と湊が乱闘する現場から遠ざけた。
その瞬間に足の力が抜け、私はその場に座り込んだ。

「怪我はない?何をされた?」

夏目くんらしくない、焦った表情で彼は私に尋ねる。

「大丈夫、服を脱がされそうになっただけだから……大丈夫だよ」
「分かった。ごめんね、ちょっと待ってて。」

そう言うと、夏目くんは湊を桐谷から引き離して、私のすぐ傍まで連れてきて座らせた。
そして、夏目くん自身は桐谷のもとへ戻る。

湊に殴られたのか、倒れ込んでいる桐谷に向かって、彼は怒鳴りつけた。

「桐谷、自分がしたこと、分かってるのか!?これは犯罪だ!」
「だから?証拠は?お前らの証言なんて、簡単に揉み消せんだよ」
「っ!ふざけんなっ!」

夏目くんが桐谷の胸ぐらを掴む。
悪びれずに、笑っている桐谷を睨みながら、私は皺だらけになったスカートを握りしめた。


34: 胡蝶☆2017/12/16(土) 17:30:47 HOST:kd111239192047.au-net.ne.jp

ぎゅっ、と握りしめたまま、私は口を開いた。

「あるよ」

そう言えば、皆が此方を向いた。
私は、スカートを握りしめていた手を離し、ポケットの中に入れた。
そこから、小さな長方形の物体を取り出す。
壊れていたらどうしようかと思ったが、どうやら大丈夫そうだ。

その物体を見せつけるように、顔の横まで持ち上げる。

「全部、これで録ってたから、証拠ならあるよ」

そう言いながら、桐谷を見る。
私は話を続けた。

「ICレコーダーは前から準備してた。何かあったら、こうしようって決めてたから。」

私だけが助かっても、これからも被害に遭う子がいる。
これまでに被害に遭いながらも、泣き寝入りするはめになっている子もいる。
だったら、私が根本的に潰してやろう。

「今日の朝、手紙を見た時はチャンスだと思った。アンタを潰せるチャンスだ、って。」

夏目くんにも協力してもらおうか、迷った。
だけど、もし、桐谷に気付かれたら。
そう考えると、協力を仰ぐのはリスクがあることに思えた。
それ以前に、夏目くんは私が囮となることを許しそうにないとも思った。

「私は今回のこと、きちんと被害届を出す。レコーダーも警察に渡す。親が揉み消すなら、世間に公表してやる。どんな手でも使ってやる。」

許さない、許せない。

「私は、アンタを、絶対に潰す!」

このまま、野放しになんてさせない。
何が何でも絶対、潰す。


35: 胡蝶☆2017/12/18(月) 15:42:53 HOST:kd111239207035.au-net.ne.jp

此方を見ながら、ゆっくりと、桐谷が立ち上がる。
夏目くんは桐谷の目の前に立ち、座っていた湊は私の目の前で立った。

「下がってろ」

庇うように、自分の身体で私を隠しながら、湊はそう呟いた。

「柿原さんに近付くな」

夏目くんはいつもより低い声で、桐谷を威嚇する。
桐谷は肩を竦めて、溜め息をついた。

「そんなつもりはねぇよ」

そう言って、桐谷は近くの椅子に腰掛けた。
夏目くんも湊も安心したのか、彼らが肩の力を少し、抜いたのが分かった。

「オレの親も流石に、証拠までは揉み消せない……だから、オレの負け」

降参、と言うように桐谷は両手を挙げる。
反省の色が薄いそれに、私は苛立った。

「アンタが傷付けた子達の気持ち、分かる?どれだけ苦しめたか、分かってる?」
「悪いことしたと思っ」
「思ってない、分かってない。だから、きちんと自分がしたことと向き合って、その罪の重さを理解して、しっかり罰を受けて、2度と同じ真似をしないで。」

償ったところで、全てが無かったことにはならないけれども。
女の子達の心の傷が癒える訳ではないけれども。

「…………分かった」

桐谷は低く、小さく、答えた。

「オレ、誰か、先生呼んでくるから。真野、見張っててくれる?」
「知世は?」
「私も、ここで待つ」

桐谷と湊を2人きりにすると、殴り合いになりかねないし。
夏目くんは私の答えに考える素振りを見せたが、やがて「分かった」と頷いた。

「真野、柿原さんのこと、よろしく。桐谷が何かしそうになったら、遠慮なく殴っといて。」
「言われなくても、そのつもり」
「信用ねぇなー……そんなつもりない、っていうのに」

桐谷の呟きは無視して、夏目くんは資料室から出ていった。


36: 胡蝶☆2018/01/01(月) 17:03:04 HOST:kd111239210219.au-net.ne.jp

資料室には沈黙が流れる。
湊は私の目の前に座り込み、桐谷は椅子に座っている。

「真野」

桐谷の呼び掛けに、湊は少し、警戒しながら答える。

「なんだ?」

私は桐谷が続ける言葉に注意しながら、様子を伺う。

「お前、知世ちゃんの元カレなんだろ?」
「……だから、何だ?」

真意の見えない言葉に、湊がいぶかしげに首をかしげる。
そんな湊を見て、桐谷は挑発的な笑みを浮かべた。

「夏目にイイとこ取りじゃん。入ってきたときもオレに殴り掛かって、知世ちゃんに見向きもしなかったし。」
「っ!………それは夏目の役目だろ」
「夏目の方が冷静で、そりゃあ、知世ちゃんもそっちを選ぶだろうなぁ」
「桐谷くん、勝手なこと言わないで!」

私に見向きもしなかったり、冷静じゃなくても。
私を、別れた元カノを、守ろうとしてくれたことが嬉しかった。
それに。

「私、選んだ訳じゃない」

そう言えば、2人が此方を見た。
もう全部終わった、不必要な嘘はいない。

「“夏目くん”と、付き合ってはいない」
「は?……何それ、どういう」
「彼は私と付き合ってる振りをしてくれてた、私を守るために」

只のクラスメートを守るために、夏目くんは大きな嘘をついてくれていた。

「私達は初めから、付き合ってなんかいない」

言い切ってしまえば、楽だった。
夏目くんと付き合う振りをするのがしんどいんじゃなくて、彼に余計なことに付き合わせてしまっているのがしんどかった。

少し、気持ちが軽くなった気がした。


37: 胡蝶☆2018/01/13(土) 16:02:30 HOST:kd111239204044.au-net.ne.jp

「本当に大丈夫?」

桐谷が先生に連れていかれて、資料室には私と夏目くん、湊の3人だけになった。
私にも事情を聞きたい、と先生たちに言われたが、少し待ってもらうことにした。
迷惑を掛けたことを夏目くん達に謝りたかったし、私自身の心もまだ少し、落ち着いてなかったから。

先生に渡されたカーディガンを羽織り、ギュッとそれを握る。
夏目くんは心配そうに私を見る。

「大丈夫」

その心配を和らげる為に、私は笑顔で答えた。

私達は椅子に座り直して、3人で向かい合うようにして座る。

「2人とも、ごめんね……迷惑掛けちゃって」
「危険な真似はしないで、お願いだから」
「無茶すんな……あのまま襲われてたらどうするつもりだったんだよ」

少し、怒りながらも、心配してくれる2人。
心配を掛けたことに申し訳なさを感じながら、私は自分の本心を話す。

「守ってくれるのは嬉しかったけど、頼ってばかりじゃいけないと思った」

夏目くんは私の為に、重い嘘をついてくれた。
只のクラスメートの為だけに。

「それに、“大事な人”を守りたかった。その為に少し我慢すれば、全部、解決すると思った。」

夏目くんにも、湊にも危害を加えてほしくなかった。

自分が大人しく、指示に従えばいい。
囮となれば、桐谷も潰せる。

「……我慢すればって、お前、そんな簡単に言うなよ」
「簡単になんか」
「言ってるだろ……もし、オレらが気付かなかったら、こんなもんじゃ済まなかった!」

湊は椅子から立ち上がり、私を見下ろすように目の前に立つ。
あぁ、怒ってる。

私は夏目くんが止めようとするのを、目で制した。


38: 胡蝶☆2018/01/13(土) 17:16:49 HOST:kd111239192134.au-net.ne.jp

久しぶりに、湊と真っ正面から視線を合わせた。

「お前を守るために夏目が居たんだろ。なら、何で、夏目を頼らない?」
「だから、迷惑掛けたくなくて」
「夏目が迷惑だ、って言ったのか?」
「それは……」

夏目くんはそんなこと言わない。
もし、思っていたとしても。

「作戦の提案も、オレからしたんだ。迷惑だなんて思ったことないよ。」

優しい声で夏目くんは、そう言った。
その優しさが私には辛かった。

「私が、しんどかったの!夏目くんを振り回してるんじゃないか、ってずっと思ってた。」
「オレが自分で望んだことだから、柿原さんは気にしないで」
「気にするよ!」

桐谷が怖くなったから、思わず、夏目くんの案にすがってしまった。
とんでもない案だって分かっていた筈なのに。

「怖くて、夏目くんにすがってしまって」
「それでいいんだ、オレは柿原さんを助けたかったんだから」

思い出せば、怖くなる。
桐谷の視線や脅し、言葉、そしてさっきの出来事。
ちょっと抵抗する振りをして、桐谷を調子に乗らせる算段だったのに。
いざ脱がされていくと、本気で逃げたくなった。
助けを求めたくなった。

「震えてる」

湊がカーディガンを握る私の右手を、自分の左手で包み込む。
暖かくて、一回り大きい、男の人の手。

「お前の手、ずっと震えてる……1人で全部、抱えるな。ちゃんと、傍に居る奴を頼れ。」

無意識に、手が震えていたらしい。
湊に言われて、自分でも気付いた。

はらはらと、涙が零れる。

「怖くない、つもりだったのに、」

大丈夫だと思ってたのに。

「本当は、怖かった…………!」

動けず、何もできず、されるがままになる恐怖。
怖くて、怖くて、仕方がなくなった。
零れる涙が止まらず、頬を伝う。

すると、右手が強く引かれ、私は勢いで立ち上がり、そのまま。

「2度と、こんな真似すんな」

そう呟いた湊の腕の中に収まる。
そして、湊は更に私を抱き締める腕に力を入れようとして、やめた。
私を引き離し、また、座らせる。

「みな、と……?」
「後は夏目の役だ……オレ、もう帰るから、先生に事情話すのとか頼んだ」

湊はそう言うと、私には目を向けず、出ていってしまった。
戸惑う私を代わりに、夏目くんが抱き締めてくれる。

「真野は優しすぎるんだ……柿原さんにも、オレにも」

そう、呟いて。


39: 胡蝶☆2018/01/16(火) 17:29:49 HOST:kd111239210002.au-net.ne.jp

side◆M

廊下に放置されたごみ袋を見て、自分がごみ捨てに来たことを思い出す。
今日はごみ捨てをしたら帰ってしまおう。
文化祭の準備をするクラスメートには適当に理由をつけてしまえばいい。

このまま、準備に参加できる気分ではない。

感じた怒りは誰に対してか。
知世を襲った桐谷、それに、自分を犠牲にしようとした知世。
でも、1番は自分かもしれない。
例えば、オレがまだ知世と付き合っていれば、彼女が怖い思いをせずにすんだかもしれない。
1人で苦しまずにすんだかもしれない。

震える身体は華奢で、簡単に折れてしまいそうだった。
あんなにも、ポロポロと涙を流す知世は初めて見た。
更に、ぐっと抱き締めようとした時、オレは知世の元カレだと思い出した。

自分を振った男に抱き締められても、彼女は嬉しくないだろう。
それに。
偽りの関係だったとしても、“恋人”として知世を守っていた夏目が抱き締めてやるべきだと思った。

知世はずっと我慢をしていたはずだ。
急用でクリスマスデートをドタキャンしても、2、3日、メールを放置しても。
何の文句も言わず、何の我儘も言わなかった。
分かっていた癖に、オレはそんな彼女に甘えた。

やがて、彼女がオレと付き合うにあたって無理をしている気がしてきた。
オレが気を損ねないように、約束を反故にされても許そう。
そんな我慢をさせているのが辛かったし、そんなに気を遣わないといけない関係なら付き合ってはいけないのではないか。

だから、別れを告げた。
知世があっさり承諾したのは、オレの気を損ねないためか。
彼女自身も別れたかったからか。
どちらだったかは分からない。

外は日が傾いてきて、空が赤く色付き始めていた。



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